この記事では、第153回直木賞にノミネート、2016年本屋大賞第4位を獲得し、映画にもなった西川美和さんの『永い言い訳』を紹介します。
この小説は不慮の事故で妻を亡くした男の物語です。
物語を読むとき、主人公に共感・感情移入して、どっぷりその世界感に入り込むのが醍醐味の一つですよね。
この物語では主人公の幸夫に全く共感できず、このまま読み進めて果たしてどんな気持ちになるのか不安になりました。
しかし、途中で挫折しないで最後まで読んで良かったです!
主人公の人柄はさておき、幸夫は小説家なので、ところどころで良いことを言うんです。
その名言を紹介しながら、感想をまとめましたので、ぜひ最後まで読んでください。
小説『永い言い訳』について
タイトル | 永い言い訳 |
著者 | 西川美和 |
出版社 | 文藝春秋 |
発行日 | 2015年2月25日 |
ページ数 | 335ページ(文庫) |
この本は直木賞と本屋大賞にノミネートされていて、このブログのための作品のように思いました。(主に直木賞と本屋大賞にノミネート、受賞されている作品を紹介していますので)
また、冒頭からびっくりするような表現があって、女性作家の作品じゃなかったっけ?と確認したほどです。
男性はすんなり物語に入り込みやすいかもしれませんね。
著者について
著者である西川美和さんのプロフィールです。
1974年、広島県出身。早稲田大学第一文学部卒。
2002年に平凡な一家の転覆劇を描いた『蛇イチゴ』でオリジナル脚本・監督デビュー。
(中略)
小説作品に、『ゆれる』(第20回三島由紀夫賞候補)、『きのうの神様』(第141回直木賞候補)、『その日東京駅五時三十五分発』、『永い言い訳』(第28回山本周五郎賞候補・第153回直木賞候補・2016年本屋大賞第4位)。エッセイに『映画にまつわるxについて』『遠きにありて』『スクリーンが待っている』などがある。
引用:分福公式サイト
デビューは映画の脚本・監督だったんですね。
映像と文章を両方とも操れるなんて、天は二物を与えたようです。
『永い言い訳』のあらすじ
津村啓というペンネームで小説を書いている衣笠幸夫(キヌガササチオ)。
妻の夏子が友達の大宮ゆきと旅行に行った先で、ツアーバスの転落により二人とも亡くなってしまう。
幸夫は夏子が死んでも悲しくない、涙も出ない、何の感情も湧かなった。
ところがゆきの夫である陽一や子供の真平(小6)・灯(4歳)とともに時間を過ごすうちに、幸夫の気持ちや行動に変化が訪れるようになる。
見どころ
同じく妻を亡くした幸夫と陽一の二人の対比と、幸夫が陽一家族の影響を受けて、変わっていく様が見どころになります。
主人公幸夫に共感できない理由
名言と感想に行く前に、私が幸夫に共感できない理由をお伝えさせてください。
共感できない私に共感していただけたら嬉しいです。
幸夫の自己分析
幸夫が自分のことをこういう人間だと言うところがあります。
自己愛の度合いは激しいのに、健全な範囲での自信に欠けていて、厭世観が強く、自分よりも非力な存在のために時間を割くとか、面倒ごとを背負い込むなんて到底出来ない人種
引用:西川美和『永い言い訳』文庫P190
自分のことしか考えていないし、ひねくれてるし、卑屈だし。
最近読んだ『蜩ノ記』(紹介記事:【感想】小説『蜩ノ記』死を控えた武士の生き様に心打たれた)の登場人物である秋谷とあまりにも正反対でイラつきました。
時代も状況も何もかも違いますし、比べるのもどうかとは思いますけど。
幸夫の思考がいちいちひっかかって、おじさんってみんなそうなのかなと思っちゃいました。(そうでないおじさん、申し訳ありません。)
妻に10年食べさせてもらったのに裏切る
幸夫は出版社に勤めていましたが、会社を辞めて小説家になります。
小説家で芽が出るまでの間は夏子の稼ぎに頼っていました。
それなのに、恩をあだで返すとはこのことですね。
夏子が留守にするとすぐに愛人を家に招き、夏子が亡くなったときも愛人と一緒にいました。
男のプライドもあったかもしれません。
でも売れてきたら今度は夏子に楽をさせてあげたい、とは思わないんですね。
妻が夫のために頑張りすぎるのも考えものだと思いました。
妻に思いやりも興味もない
夏子が大宮家に一緒に行こうなとど誘っても、ことごとく断ってきた。
どんな誘いを断ってきたのかも覚えていません。
転落したバスから荷物が引き出され、引き取りに行ったときに、どれが妻の荷物なのかわからない。
スーツケースも持ち物一つもわからない。
そもそもどこに旅行に行ったのかすら知りませんでした。
結婚して20年も経つとこうなってしまうのでしょうか。
一緒にいる意味って何でしょうか。
また、幸夫が風邪をこじらせたとき、かたくなに病院に行こうとせず、「俺がいつ死のうが、俺の人生だ」と言う。
そして、熱が40℃を超えたので、夏子がタクシーを呼ぼうとすると、「救急車だろ」と叫ぶ。
何様なんだろう、人の気持ちを考えられない残念な人だと思いました。
子供にも容赦ない
5歳になったばかりの灯に、受験を控えた小6の真平もいる前で「子供」について次のように語ります。
時間はとられる、金はかかる、犠牲にされることは山ほどある。そうでしょ陽一君。わがまま。生意気。無神経。
(中略)
子供なんていない方が、何だかんだとリスクが少ないんだよ。リスクってわかる?危険なこと。損すること。傷つくこと。
引用:西川美和『永い言い訳』文庫P279
これを子供に言ってしまう無神経さ。
どういう事態になるのかわかっていても途中でやめられない。軌道修正できない。
聖人君子の人なんていないけど、これはあまりにもひどいですよね。
まだまだネタはありますが、この記事のメインはここではないので、このくらいにします。
幸夫に共感できない理由でした。
『永い言い訳』の名言と感想
ここまでさんざん主人公をけなしてきました。
前置きが長くなりましたが、ここからはそんな幸夫が放った名言と感想を述べていきます。
4番目からの名言は結末が含まれますので、まだ読んでいない人はご注意ください。
高を括っていたものに大いなる世界がある
自分が高を括っていたものの中に、実は大いなる世界があったんだってことが。
引用:西川美和『永い言い訳』文庫P167
幸夫がここで言っている「高を括っていたもの」はくだらないことで、 そんなこと小学生の真平に言うのはどうかなと思う内容です。
ですが、この文章だけを見れば、そういうことあるなと思います。
あとになってその価値がわかるということは、ありますね。
あまり自分の目や判断を過信すべきではないと思いました。
誰かにとって必要な人間であること
誰かにとって、「自分が不可欠である」と思えること、「自分が守ってやらねばどうにもならない」と思えることは、なんと甘美なんだろう。
引用:西川美和『永い言い訳』文庫P208
この表現、言い回しが小説家らしいですね。
陽一はトラック運転手なので、家に帰れない日もあります。
4歳の灯を一人家に置いておくことはできないので、真平は塾に通えなくなりました。
そこで幸夫が留守番を申し出て、真平が再び塾に通えるようになります。
子供や人に限らずペットであっても、自分を必要としている誰かがいるというのは生きがいになりますね。
自分が存在していいんだって思えます。
幸夫が言うとなんだか嫌な感じがしてしまうのは置いときましょう。
人間のこころは強いけど弱い
でも人間のこころだからさ。強いけど弱いんだよ。ぽきっと折れるときもあるんだ。大人になっても、親になっても、君らのこと、抱きしめても足りないくらい大事でも。
引用:西川美和『永い言い訳』文庫P311
私にはまったく共感できない幸夫でも、真平にとっては大事な人になっていきます。
真平くらいの年頃に、親以外でこんなことを言ってくれる大人がいるって素晴らしいと思いました。
きっと真平は一生忘れないでしょう。
大人だからって親だからって、ちっとも完璧ではない。
弱さもあるんだということを認めて許すということは、親子に限らず人間関係には必要なことだと思います。
生きてるうちの努力が肝心
ここからはネタバレを含みます。
まだ読んでいない人はご注意ください。
生きてるうちの努力が肝心だ。時間には限りがあるということ、人は後悔する生き物だということを、頭の芯から理解してるはずなのに、最も身近な人間に、誠意を欠いてしまうのは、どういうわけなのだろう。
引用:西川美和『永い言い訳』文庫P329
人は後悔する生き物、最も身近な人間に誠意を欠いてしまう、ということにグサッときました。
亡くなってしまってから後悔しても、もうどうしようもないんですよね。
最も身近である夫や親兄弟には誠意を欠いてしまうことは、残念ながらよくあります。
生きていても修復できないくらいこじれてからでは遅いんですよね。
これを言ってしまっても、これをしてしまっても、後悔しないかな、と考えてから行動できればいいんですけど、後悔することばっかりです。
失敗を挽回できるチャンスがいつもあるとは限りません。
どんなに身近でも「他人」であることを忘れず、「親しき仲にも礼儀あり」を忘れてはいけないと思いました。
「あの人」が誰にとっても必要
あのひとが居るから、くじけるわけにはいかんのだ、と思える「あの人」が、誰にとっても必要だ。
(中略)
他者のないところに人生なんて存在しないんだって。人生は他者だ。
引用:西川美和『永い言い訳』文庫P331
幸夫は結婚して妻もいましたが、妻のことは見ていませんでした。
妻だけではなく、誰のことも視界に入っていませんでした。
人間は社会的な生き物と言いますが、一人では生きていると言えないんですね。
幸夫は陽一家族と時間を過ごすようになりましたが、最初は自分のため、自分を癒やすため、自分が気持ち良くなるためでした。
でも真平と心を通わせるようになって、人に対する感情が動き出す。
それまでは自分にしか向いていなかった感情が。
ここまで幸夫が変わったことに驚きましたが、『ライオンのおやつ』(紹介記事:【名言5選と感想】本屋大賞第2位『ライオンのおやつ』小川糸)のマドンナの名言を思い出しました。
人は生きている限り変わるチャンスがある。
『ライオンのおやつ』小川糸 電子書籍 P118・188
人は変われる。生きていればチャンスがある。
ダメな人だから死ぬまでダメとは限らない。
幸夫がここまで変わったのだから。
まとめ
直木賞と本屋大賞にノミネートされた『永い言い訳』を名言とともに紹介しました。
幸夫の物語から、自分を大事にしてくれる人を大事にしようと思える本です。
まだ読んでいない人はぜひ読んでみてください。
映画版が気になっている人は、アマゾンプライムで視聴することができます。
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