この記事では第150回直木賞受賞作品で、朝井まかてさんの『恋歌』を紹介します。
幕末を扱った時代・歴史小説というのはたくさんありますよね。
その中で女性に焦点を当てた作品というのは、天璋院や和宮など超有名人の物語以外はあまり見かけないように思います。
今回紹介する『恋歌』は、幕末動乱期を生き延びた武士の妻の物語です。
抗おうにもどうしようもなく時代の渦に巻き込まれていく姿が描かれています。
そんな『恋歌』を読んだ感想を、グッときた言葉を紹介しながらまとめました。
ぜひ最後まで読んで本選びの参考にしていただけたら嬉しいです。
『恋歌』について
タイトル | 恋歌 |
著者 | 朝井まかて |
出版社 | 講談社 |
発行日 | 2013年8月21日 |
ページ数 | P378(文庫) |
主人公は明治期の有名な歌人であり、歌塾「萩の舎」の主催者でもある中島歌子です。
歌子の恋の話かと思って気軽に読み始めましたが、ただの恋バナではありませんでした。
読みながら、あー私はやっぱり歴史小説が好きだ、としみじみ思いましたので、歴史小説好きにはたまらない1冊になること間違いなしです。
女性の生き様の話が好きな人にも満足していただけること間違いなしです!
著者について
著者である朝井まかてさんのプロフィールです。
- 甲南女子大学文学部国文学科卒業。広告制作会社でコピーライターとして勤務した後に独立。
- 2008年に『実さえ花さえ』(応募時のタイトルは『実さえ花さえ、その葉さえ』)で小説現代長編新人賞の奨励賞を受賞し小説家デビュー。
- 2013年 『恋歌』第3回本屋が選ぶ時代小説大賞受賞
- 2014年 『恋歌』第150回直木三十五賞受賞、『阿蘭陀西鶴』第31回織田作之助賞受賞
- 2015年 『先生のお庭番』第1回徳間文庫大賞(定番部門)受賞、『すかたん』第3回大阪ほんま本大賞受賞
- 2016年 『眩』第22回中山義秀文学賞受賞
- 2017年 『福袋』第11回舟橋聖一文学賞受賞
- 2018年 『雲上雲下』第13回中央公論文芸賞受賞、『悪玉伝』第22回司馬遼太郎賞受賞、大阪文化賞 (文学)受賞
- 2020年 『グッドバイ』第11回親鸞賞受賞
- 2021年 『類』第71回芸術選奨受賞・第34回柴田錬三郎賞受賞
たくさんの受賞歴がある作家さんですね。
『恋歌』がとても良かったので、他の作品も読んでみたいと思いました。
『恋歌』のあらすじ
花圃(かほ)は「萩の舎」の後継者と言われるほどの門下生だったが、和歌を離れて小説の執筆に力を入れるようになっていた。
ある時、師である中島歌子が入院したことを知る。
歌子から頼まれて、歌子の自宅でお礼状の代筆や書類の整理をしているときに、200枚は超える書きつけを見つける。
その書きつけには中島歌子の半生が書かれていた。
見どころ
歌子(登世)が林以徳(もちのり)との恋を実らせ結婚し、幕末の水戸藩の内部分裂に巻き込まれ、どう生き延びたのか。
そして新しい時代、明治をどう生きたのかが見どころになります。
電子書籍で読むならkindleがおすすめ『恋歌』を読んでみた感想
それではこの本を読んでみた感想を、心に響いた言葉を紹介しながら述べていきたいと思います。
夫への変わらない恋心がせつない
歌子は恋する以徳と結婚しても、ほとんど一緒にいられませんでした。
現在のように赴任先に妻が同行できるわけではないんですよね。
何日ともに過ごすことができたでしょう。
数えるほどしか一緒にいられなかった夫への恋心は、歌子が死ぬまで変わりませんでした。
歌子の思いがせつなく苦しく悲しく、胸を締めつけられます。
私は生き続けなければならない。生きてさえいれば再びあの人に、以徳様に会える。
その一念だけで私は息をしていた。
引用:朝井まかて『恋歌』文庫P267
水戸藩が内部分裂し、諸生党と天狗党の争いで天狗党が敗北。
天狗党のものは見つかり次第、斬首。妻子は投獄された。
歌子の夫は天狗党だったため、歌子も投獄される。
飢えと寒さから毎日誰かが死んでいく中、歌子は再び夫に会うことだけを希望に息をする。
なぜもっと、己の心を三十一文字に注ぎ込まなかったのだろう。
戦場の夜も昼もあの人の胸で響き続けるような、そんな言葉をなぜ捧げられなかったのだろう。
己の拙さを心底、悔やんで、もし本当に江戸に辿り着けたなら和歌を学ぼうと心に決めた。
ここまで生き延びたのだ、この先も生きられればその命を懸けて修行する。
引用:朝井まかて『恋歌』文庫P341
夫が戦場に旅立つとき、歌を贈られました。
夫の歌に対する返歌が納得いかず心残りとなり、和歌を必死で学んで名声を得るまでになります。
夫への思いの強さが表れていますね。
恋することを教えたのはあなたなのだから、どうかお願いです、忘れ方も教えてください。
君にこそ恋しきふしは習ひつれ さらば忘るることもをしえよ
引用:朝井まかて『恋歌』文庫P342
一緒にいたいのにいられなかった。いつも帰りを待つばかりだった。
夫が戦場に行ってからは、夫に再会することだけを生きがいに牢獄での日々も耐えた。
でも夫は、再会することなく亡くなってしまった。
夫が亡くなったことを知ってからも、夫への恋心は消えることはなかった。
普通の夫婦生活を送れなかったから、こんな形で別れることになったから、歌子の思いは変わらなかったのかなと思いました。
より強烈に夫への思いだけが残ってしまったのかと。
歌人としては成功した歌子ですが、そんなことより夫とともに生きていきたかっただろう、それが唯一の歌子の望みだっただろうと思います。
歌子の孤独が心にしみる
明治生まれのひよっこに、いったい何がわかる。
(中略)
歌はもう、命懸けで詠むものではないのだろうか。
そんな考えが湧くと、心底、己が独りであると思い知らされる。
引用:朝井まかて『恋歌』文庫P319
歌子の孤独が伝わってくる言葉ですよね。
江戸時代から明治へと時代は変わり、生活様式も人の考え方も何もかも変わった。
でも歌子だけが取り残されたまま。
そんな孤独を感じます。
この物語には辞世の句がたくさん出てきます。
戦で死にゆくとき、諸生党に処刑されるとき、歌を残していきます。
男も女もみんな。
たった十年二十年で変わってしまったのですね。
命からがら逃げて生き延びた歌子と、明治になってから生まれて苦労知らずの若者。
わかりあえるわけもありませんし、歌子がひよっこを冷めた目で見てしまうのも仕方のないことです。
歌人としてどんなに成功しても、歌子は満たされず孤独だったのだと思います。
歌子の見事な決着
諸生党、許すまじ。市川執政、許すまじ。
怒りも己を支え、命をつなぐ水脈になり得るのだということを、私は生まれて初めて知った。
引用:朝井まかて『恋歌』文庫P302
尊王攘夷を目指しながら、内部分裂で争う水戸藩。
市川三左衛門を首領とする諸生党に敗北した天狗党は、妻子にいたるまで処刑された。
ところが水戸出身の最後の将軍・慶喜により水戸の藩政がひっくり返る。
諸生党が一掃され天狗党の名誉が回復。
すると、天狗党の生き残りによる報復が始まり、諸生党にされたように妻子まで見つけ出して惨殺していく。
そうして天狗党と諸生党の生き残った者による報復や、報復の報復が行われるようになる。
終わらない負の連鎖。お互いに十分に味わった身近な人の死の悲しみ。
それに歌子なりの決着をつけました。
諸生党、許すまじ。で終わらなかった。
見事な決着のつけかたでした。
時代の波に翻弄されて、悲しみも憎しみも寂しさも、とことん味わいつくした人は只者ではない。
自分だったら、こんな決着はつけられないだろう、一生憎しみを持ったままかもしれないと思いました。
まとめ
第150回直木賞受賞作である『恋歌』を紹介しました。
今の平和な時代を生きる私たちにとって、想像するのも難しい時代を駆け抜けた歌人の物語です。
幕末の過酷な時代を疑似体験してみませんか?
まだ読んでいない人はぜひ読んでみてください。
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