今回は第154回直木賞を受賞した青山文平さんの作品『つまをめとらば』を紹介します。
タイトルからわかるように、男女のお話です。
この本には6編の物語が収録されていて、6人+αの様々な女性たちが登場。
主人公は男性でも女性がクローズアップされています。
女性に振り回されたり、女性で人生が変わった人も、そうでない人も
男性を振り回したり、男性の人生を変えちゃった人も、そうでない人も
この記事を参考にしていただいて、ぜひ『つまをめとらば』を読んでみてください。
『つまをめとらば』という本について
タイトル | つまをめとらば |
著者 | 青山文平 |
発売日 | 2015年7月8日 |
出版社 | 文藝春秋 |
『つまをめとらば』は第154回直木賞を圧倒的な支持で受賞。
「ひともうらやむ」「つゆかせぎ」「乳付け」「ひと夏」「逢対」「つまをめとらば」の6編が収録されています。
著者について
- 青山文平
- 経済関係の出版社に18年勤務した後、1992年からライターとなる
- 1992年『俺たちの水晶宮』で第18回中央公論新人賞を受賞
- 2011年『白樫の樹の下で』で第18回松本清張賞を受賞
- 2015年『鬼はもとより』で第152回直木三十五賞候補 、第17回大藪春彦賞を受賞 『つまをめとらば』で第6回山田風太郎賞候補
- 2016年『つまをめとらば』で第154回直木三十五賞を受賞 、第3回高校生直木賞候補 『半席』で第70回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)候補
- 2022年『底惚れ』で第17回中央公論文芸賞を受賞 、第35回柴田錬三郎賞を受賞
2年連続で直木賞にノミネート・受賞、その他にも数々の受賞歴がある作家さんですね。
みどころ
この本に収録されているのは、女性に翻弄される男たちの物語です。
いろんなタイプの女性が出てきます。
女性というのは、傷つきやすく繊細な面を持つ一方で
強くしたたかに生きる生き物なのがわかります。
経験としてよくわかってらっしゃる人も、たくさんいると思いますが・・・
各編のあらすじと感想
6編それぞれのあらすじと私の感想をまとめてみました。
ひともうらやむ
男を生かすのは女である。
恋愛と結婚は違うということ。
恋愛なら見た目が美しく、みんなが羨むような女性とするのもいいでしょう。
でも結婚となると、それが不幸のもとだったりするんですね。
女も居場所によって変わる。
康江の変貌ぶりからわかります。
自分の能力を活かせるところを見つけて、言葉も着るものも変わりました。
男と女はともに影響しあって生きています。
助け合い、補いあって生きていければ、かけがえのない人となって、最高の夫婦になれるんですけどね・・・
つゆかせぎ
主人公の名前が見当たりませんでした・・・
つゆかせぎという言葉を初めて聞きました。
外仕事でその日稼ぎをしていると、雨が降れば収入がなくなる。
いよいよ困ると、子供を食べさせるために女房が春を売って稼ぐこと。
現代ではなかなか理解しがたいですが、つゆかせぎという言葉があるほど珍しいことではなかったのでしょう。
妻の朋とつゆかせぎにきた銀、二人を見て主人公は「女は根拠のない自信を持っている」と言います。
私も女ですが、果たして根拠のない自信を持っているだろうか?
自分は持っているとはとても思えない。でも人からはそう見えるだろうか。
それとも女の出来損ないだろうか。と考えてしまいました。
朋も銀もたくましく生きている(た)。
私の周りの女性もたくましく生きている。
私も今更ながら、そのような本物の女性になりたいと思いました。
乳付け(ちつけ)
この話は女性が主人公です。
瀬紀が民恵に言った言葉が刺さりました。
いまがすべてではござりませぬ。
引用:青山文平『つまをめとらば』
今がダメだからといって、ずっとダメなわけではない。
今の状態がすべてではない。
行き詰ったとき、自分だけが不幸で、このまま変わらないのではないかと悲観してしまうことがある。
でもずっとこのままではない。
希望を持てる言葉ですね。
この言葉を覚えておこうと思います。
ひと夏
自分の存在を無視する、まったく歓迎されていないところで、自分の居場所を作るのはとても難しいと思いました。
まず正気でいられるだろうか。
啓吾のすごいところは、何もするなと言われている場所で、“勤め”と称した日課を作ってたんたんとこなしたこと。
“たんたんとこなす”ということが簡単なようで難しいです。
この話には、あばずれと言われているタネという女性が出てきます。
私にはタネの行動は理解できませんでした。
“性”に関する考え方が今とは違うんでしょうね。
逢対(あいたい)
ここでも聞いたことない言葉が出てきました。
逢対とは
権勢を持つ人の屋敷に、無役のものが出仕を求めて日参すること
何もしないでただ待つというのはつらいものです。
でも逢対したからといって、仕事をもらえることはほとんどない。
それでも何かやらずにはいられないんですよね。
それと、良い話には裏があるってことがあります。
裏があるって悪いイメージですが、この話の裏は全く悪くない。
お互いにWin-Winです。若年寄にも出仕が叶った人にも。
みんなしたたかに生きています。あるときは法を破り、あるときは春を売って種を得る。
くそまじめなだけでは生きていけません。
それは今も昔も変わりませんね。
つまをめとらば
省吾が3人の元妻たちを振り返って
彼女たちは、自分は間違っていないと決して折れない、
彼女たちから見て間違っているものには容赦がない、と言います。
私にも思い当たります。
でも誰に対しても、ではありません。
なぜか“夫”に対してはそうなります。
“妻”というのは、そういう生き物なのかもしれませんね。
全く違う生き物である男と女がともに生きようとする。
お互いに理解するのは難しいと常々思っています。
一緒にいて共感できたり、楽なのは男同志・女同士なのに
なぜかともに生きるのは男女じゃないとダメなんですね。
まとめ
『つまをめとらば』に出てくる女性たちは、男性の陰に隠れている女性ではありません。
誰もが知る有名な武将であっても、妻の名前はわからないということがよくあります。
でも妻は、ただの夫の付属物ではない。
夫に影響を与えるものなんですね。
「支える」なんて一言で言い表すことはできません。
あるときには力になり、あるときには毒にもなる。
それでも男は女を必要としているんだなと思いました。
この本を読めば、女や妻の先入観を覆し、男性から見て女性の存在とはどういうものなのかがわかります。
ぜひご一読ください。
Amazonプライムに加入すると、早ければ注文した翌日に本が届きます。
30日間無料体験ができますよ。
歴史時代小説が好きな人におすすめの本をまとめた記事があります。
ぜひ合わせてご覧ください。