この記事では、2023年下半期の第170回直木賞候補となった宮内悠介さんの『ラウリ・クースクを探して』を紹介します。
この本は、1977年に生まれて、ソ連の崩壊・バルト三国独立といった歴史の変革に翻弄された一人の市民の物語です。
そんな大きな歴史の転換期でなくても、生きていればいくつもの分岐点があり、決断を迫られるときがありますよね。
誰しもが「ラウリ・クースク」のような物語を持っていると思いました。
歴史を動かした人物の物語も面白いですが、そうではない、でも才能をもった一般市民の物語も十分楽しむことができました。
『ラウリ・クースクを探して』を読んだ感想を、心に響いた言葉を紹介しながらまとめましたので、ぜひ最後まで読んでください。
『ラウリ・クースクを探して』という本について
タイトル | ラウリ・クースクを探して |
著者 | 宮内悠介 |
出版社 | 朝日新聞出版 |
発行日 | 2023年8月25日 |
ページ数 | 194P |
歴史上有名な人の話ではないからか、ページ数は多くはなく、サクッと読めます。
しかしながら、読みごたえは十分あります。
登場人物のカタカナの名前が覚えられないので、外国の人の話は積極的には選ばないのですが、
この物語は登場人物が多くないので、気になりませんでした。
私のようにカタカナが苦手な人も、怖がらなくて大丈夫です。
著者について
著者である宮内悠介さんのプロフィールです。
1979年、東京都生まれ。少年期をニューヨークで過ごす。
2012年の単行本デビュー作『盤上の夜』で日本SF大賞、
2013年『ヨハネスブルグの天使たち』で日本SF大賞特別賞、また同年に(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞、
2017年『彼女がエスパーだったころ』で吉川英治文学新人賞、『カブールの園』で三島由紀夫賞、
2018年『あとは野となれ大和撫子』で星雲賞(日本長編部門)、
2020年『遠い他国でひょんと死ぬるや』で芸術選奨文部科学大臣新人賞。
著書に『超動く家にて』『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』など多数
引用:宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』
数々の受賞歴がある作家さんですね。
人物や物事を深堀りしすぎず、読むのにストレスがかからない“ちょうどいい”描き方をされる作家さんだと私は思います。
『ラウリ・クースクを探して』のあらすじ
ラウリ・クースクは1977年エストニアに生まれた。
ラウリは言葉を話すよりも数字に興味を示し、数字を数えるのが好きな子どもだった。
ある時父親が職場からコンピューターを持ち帰ってくる。
ラウリはそのコンピューターでプログラミングを組むことに熱中するようになった。
小学校にあがり、ラウリのプログラミング技術は担任のホルゲル先生を驚かせる。
ラウリの作った「鉄くず集め」というゲームを、モスクワで開催されていたKYBTコンペティションに先生が応募し、見事3位入賞を果たす。
見どころ
ソ連崩壊、バルト三国独立へと進む歴史の変革期を、エストニアに住む人々はどのように迎え、新しい体制・生活へと移行していったのか。
そしてラウリや友人の人生にどのような影響を与えたのか。
ラウリは何かを成し遂げようとしたのか、何をあきらめたのか。
そのあたりが見どころになります。
『ラウリ・クースクを探して』は電子書籍でも読めます。
電子書籍で読むなら、専用リーダーが目に優しくて、おすすめです。
『ラウリ・クースクを探して』を読んだ感想
それでは本作品を読んでみた感想を、グッときた言葉を紹介しながら述べていきます。
嘘をついて褒められる国
嘘をついて先生に褒められる、そんな国があったことに驚きました。
「よく勉強するんだ。この国は、努力さえすれば誰だってなんにでもなれるのだから」
引用:宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』電子書籍P16
小学生になるラウリに父が言った言葉です。でも父の本音ではないことをラウリはわかっていました。
「いいでしょう。嘘がつけるのはいいことです」とラウリの頭にぽんと触れた。
人が三人集まることもはばかられる国では、嘘がつけるほうがよい、ということだ。
引用:宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』電子書籍P25
ラウリは嘘をついて褒められます。
本音を言えない国。人が三人集まるといぶかしく思われれる国。
「この国でまっすぐに生きるのは難しい。まっすぐに生きたいと思ったら、多かれ少なかれ、ロシア人連中の言うことを聞かなきゃならんからな。
(中略)
この国で、光のある道を生きろとは言えない。だからせめて、おまえさんはまっすぐ、したたかに生きてくれよ」
引用:宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』電子書籍P48
まっすぐに生きるのは難しい国。
したたかさが必要な国。
旧ソ連の共産党体制では、本音は家族の前でも言えなかったようですね。
本音を言うことは、ある意味命がけ。
思っていても口には出せない。相当ストレスが溜まりそうです。
日本で生活していて、不満も言いたい放題の私にとって、想像するだけで生きづらさを感じてしまいました。
独立に揺れ動くエストニアの人々
エストニアに生まれ育った人たちでも、ソ連から独立を望んでいる人ばかりではなく、揺れ動いていたことを知りました。
ソ連とエストニアの関係は、日本と千葉県の関係とは違いました。
ソ連はいくつかの国家の集合体です。なので、エストニアはソ連に属してはいますが一つの“国”でした。
ラウリは独立を望んでいない。
ソビエトの体制の枠組みでモスクワへ行きたいし、国が独立せずにいるなら、イヴァンとの再会もありえるかもしれない。
引用:宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』電子書籍P85
ラウリとプログラミングで競い、唯一無二の親友となり、同じ中学校で学んでいたイヴァン。
エストニアの独立の機運が高まり、ロシア人であるイヴァンはエストニアに居づらくなり、帰国していきました。
その時のラウリの心境に胸がぎゅっと締めつけられました。
中学生のラウリにとって、イヴァンの存在はとても大きなものだったからです。
ラウリとイヴァン、そしてカーテャの三人はいつも一緒に過ごしていました。
イヴァンはロシア人、カーテャは独立派、ラウリは独立を望まない。
いつも一緒だった三人がバラバラになっていく。
この別れが、その後のラウリの人生に影を落とします。
大きな時代の流れは、一人一人の人生を簡単に変えてしまう。
その流れに逆らうことは、ちっぽけな一人の抵抗では難しいです。
「昨日の善行は今日の愚行だ」
引用:宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』電子書籍P102
国の体制が変わったことで、昨日までは善行だったことが、今日からは愚行になる。
恐ろしいことだと思いました。
まるっきり善悪や価値観が変わってしまうのです。
国の体制ほど大きなことでなくても、そういうことはありますよね。
社長が代わったことで方針が変わったり。
最近でいえば、校長先生が代わったことで「マスクしなさい」から「マスク外しなさい」に変わったり。
人は必ず何かに属していますから、そのトップの方針でどうにでもなってしまいます。
自分を守るためには、盲目的に信じないこと。
何事も永遠ではないことを忘れないようにしようと思いました。
わたしの人生はわたしの人生
本作品にも私が憧れるかっこいい女性が出てきました。
「わたしの人生はわたしの人生。わたしを不幸だと決めつける権利なんて誰にもない」
引用:宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』電子書籍P145
カーテャの言葉です。
カーテャは独立運動のときに負ったケガで、車椅子生活となりました。
でも彼女はそれをハンデとしないで、夢を叶えました。
他人を不幸だと決める権利は誰にもありません。
彼女の言う通りだと思いました。
独身だから、子どもがいないから、貧乏だから、病気だから、友達がいないから、などなど。
不幸だと見られがちな人でも、本当に不幸かどうかは他人にはわかりません。
本人が良ければそれでいいのです。
私もカーテャのように、「これが私の人生」と胸を張って言える人生にこれからでもしていきたい、と思いました。
最後に
第170回直木賞候補となっている宮内悠介さんの『ラウリ・クースクを探して』を紹介しました。
歴史を動かしたわけではない市民の物語も興味深く、十分私の心を動かしてくれました。
自分の生き方を振り返るきっかけにもなる本作品を、まだ読んでいない人はぜひ読んでみてください。
第170回直木賞候補となっている作品について、選考委員気取りでまとめた記事がこちらです。↓
興味のある人はぜひご覧ください。