この記事では第170回直木賞候補作で嶋津輝さんの『襷がけの二人』を紹介します。
自分にとってかけがえのない、その人が一緒にいるだけで頑張れるという人がいれば、どんな困難も乗り越えられそうな気がしますね。
『襷がけの二人』は女主人と女中頭の関係を超えた、女性二人の絆の物語です。
戦前から戦後という明るくない時代を扱っていますが、重くない物語なので、読むのに覚悟はいりません。
この本を読んだ感想をまとめましたので、ぜひ最後まで読んで本選びの参考にしてください。
『襷がけの二人』について
タイトル | 襷がけの二人 |
著者 | 嶋津輝 |
出版社 | 文藝春秋 |
発行日 | 2023年9月25日 |
ページ数 | 369P(電子書籍) |
この本は、2023年下半期の第170回直木賞の候補作になっています。
小説を選ぶときって、そのときの“気分“に左右されますよね。
重厚な物語をじっくり読みたいとき、重くない話をサクッとサラッと読みたいときなど。
この本は、重くない話で、読後に「いい話だったなぁ」としみじみ思いたいときにおすすめです。
著者について
著者である嶋津輝さんのプロフィールです。
1969年東京都生まれ。2016年、「姉といもうと」で第96回オール讀物新人賞を受賞。
2018年発表の「一等賞」が、日本文藝家協会編『短篇ベストコレクション 現代の小説2019』に収録される。
2019年、デビュー作を収めた『スナック墓場』(文庫化の際に『駐車場のねこ』に改題)刊行。
アンソロジー『女ともだち』『猫はわかっている』にも作品が収められている。
引用:嶋津輝『襷がけの二人』
嶋津輝さんは、直木賞候補になったのが今回(第170回)始めてだそうです。
他の作品を読んだことはありませんが、女性の気持ちに寄り添ってくれる作家さんなのかなと思いました。
『襷がけの二人』のあらすじ
昭和24年、40代の鈴木千代は、口入屋からある家の女中の仕事を紹介される。
その家の主人は、目が見えず一人暮らしで、三味線の師匠をしている三村初衣。
初衣は千代がずっと再会したかった「お初さん」だった。
千代は戦時中のある日をきっかけに、声が変わってガラガラ声になっていた。
気づかれないと思った千代は、お初さんの知っている「千代」であることは伏せて、住み込みで働き始める。
見どころ
戦前から戦後の大変な時代、いろいろな困難を一緒に乗り越えながら東京で生き抜いた千代とお初さん。
女主人と女中頭の関係にとどまらない、家族でも友達でもない、でもかけがえのない関係・絆を築いていくところが見どころになります。
電子書籍で読むならkindleがおすすめ『襷がけの二人』を読んだ感想
それではこの本を読んでみた感想を述べていきます。
※少しネタバレを含みますので、まだ読んでいない人はご注意ください。
夫婦とは、妻とは何なのか
千代の不憫な夫婦生活から、夫婦とは何か、妻とはいったい何なのかを考えさせられました。
男女の情愛はおろか、家族としての濃い感情のやりとりもない。
女学校時代の同級生だった志げさんに対して抱いているほどの親しさも芽生えていない。
千代は茂一郎のことをほとんど何も知らないし、また、茂一郎も千代について何も知らないままなのである。
引用:嶋津輝『襷がけの二人』電子書籍P90
一緒に住んでいるというだけで、夫婦だからというだけで、情愛や親しさが生まれるわけではないですよね。
お互いに相手のことを知ろうとしなければ、関係は築けないのだと思いました。
気持ちは落ち着いていたが、さびしかった。急に真っ暗になり、静かになったことがさびしかった。
でも、このさびしさは受け入れなければならないものなのだ、ということがわかっていた。
自分は、いろいろ、諦めなければならないのだ、ということがわかったさびしさだった。
千代の脳裏には、五年後、十年後の、今と変わらぬ自分の姿が浮かんで、そこに安定でなく、初めて虚しさを見た。
引用:嶋津輝『襷がけの二人』電子書籍P158
ひとりでいるより誰かと一緒にいた方がむなしいということはありますよね。
このときの千代は茂一郎の仕事の都合で、年に数回会うだけの別居状態でした。
心も体も遠くにいたのです。
別居先で、夫には男女の仲の人がいる。
自分には茂一郎しかいないのに。
誰でも結婚生活にむなしさを感じる状況だと思います。
亭主元気で留守がいい、と割り切れればいいんですけどね。
千代はまだ20代の女ざかりでした。
自分とは何年も子作りしていないのに。
結婚初夜からの茂一郎の行動から、私は茂一郎のことを、
自分が傷つくことには敏感だけど、人を傷つけることには鈍感な人と認識しました。
相手を気遣うということを知らない。
もしかして「妻」だから気遣う必要がないと思ったのか。
年に数回家に帰ってきた夜、熟睡している千代の寝間着をはだけさせて、体中触ったり引っ張ったりする。
ただそれだけ。そこから先に進むわけでもない。情緒も何もない。
人としての尊厳は、妻としての尊厳はないのでしょうか。
妻って何なんでしょう。夫婦って何なんでしょう。わからなくなりました。
自分は、夫ともっと理解し合うよう努めるべきではなかったのか。
ただ黙ってされるがままになっているのではなく、夫に向き合うべきだったのではないだろうか。
そうすれば、自分の身体のことにももっと早く気付いたし、夫との間に悦びを感じることもできたのではないだろうか─
引用:嶋津輝『襷がけの二人』電子書籍P256
千代は後から自分は何もしてこなかったと反省します。
でも、一方通行ではどうにもならない。
千代からだけの努力では、どのみち理解しあうことはできなかったと私は思いました。
千代とお初さんの特別な関係がうらやましい
千代とお初さん、長年かけて築いた信頼関係、特別な関係をとてもうらやましく思いました。
千代とお初さんの関係は、茂一郎との関係と真逆でした。
初めからお互いに人として認め合って尊重しあっていました。
男さんとひとつに溶け合うような悦びに浸ってくれれば、って、ただ一度でも、そんな震えるような悦びを味わってくれればいいって、勝手に思っているんですよ
引用:嶋津輝『襷がけの二人』電子書籍P270
この引用文だけ見ると、だたのエッチな話に見えるかもしれませんね。
千代は夫と夫婦生活が上手くいかなかったことで、自分の体について悩んでいました。
千代の母親は、千代の努力が足りないと責めるだけでしたが、お初さんは違いました。
実の親よりも、よっぽどお初さんの方が千代に寄り添い、思ってくれていると思いました。
千代が家を出たあと高助が死んだら、お初さんはどうなってしまうのだろうということが気懸りになってきた。
(中略)
私はこの下谷の家で、お初さんとともに生きていこう。
引用:嶋津輝『襷がけの二人』電子書籍P224
千代は千代で、お初さんのことが心配でした。
千代は母親と不仲で、夫との関係も上手くいきませんでした。
でも、人生でかけがえのない人を見つけました。
このような出会いは運命なのかもしれませんね。
他人なのに、女性同士で一緒に生活しても、楽しく仲良くいられる関係。
それは距離の取り方が絶妙で、お互いに人として好きで尊敬できて、思いやりがあるからだと思いました。
もし戦争がなかったらと考えてしまった
もし戦争がなかったら、もし東京大空襲がなかったら、千代とお初さんはどのように暮らしていたのかな、と考えてしまいました。
人生に“たられば”は考えても仕方のないことですね。
でも、お初さんの目は見えたままで、千代はガラガラ声にならないで、下谷の家で二人仲良く生活する。
そんな姿を想像してしまいました。
戦争は人も人生も変えてしまうものだ、とつくづく思いました。
最後に
第170回直木賞候補作『襷がけの二人』を紹介しました。
千代とお初さんの素敵な二人の物語をまだ読んでいない人はぜひ読んでみてください。
第170回直木賞候補となっている作品について、選考委員気取りでまとめた記事がこちらです。↓
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