この記事では、2024年本屋大賞第4位となった夏川草介さんの『スピノザの診察室』を紹介します。
最後のときをどこでどのように迎えたいか考えたことはありますか?
本作品を読んで、私もマチ先生のような医者に最後はお任せしたい、と思いました。
「頑張れ」や「あきらめるな」ではなく「急ぐな」と言ってくれる先生に。
医者とは、医療とは、希望とは、幸せとは何かを改めて考えてみる物語です。
そんな『スピノザの診察室』を読んだ感想を、心に響いた言葉を紹介しながらまとめました。
また「スピノザ」とはオランダの哲学者の名前ですが、スピノザの残した名言も紹介しています。
興味を持って下さった方は、ぜひ最後まで読んでください。
『スピノザの診察室』という本について
タイトル | スピノザの診察室 |
著者 | 夏川草介 |
出版社 | 水鈴社 |
発行日 | 2023年10月27日 |
ページ数 | 270P(電子書籍) |
患者に真摯に対応してくれるお医者さんの話は、希望のようなものを感じます。
自分もなるであろう患者の気持ちになって、他人事ではないからですね。
医療ものの物語はたくさんありますが、本作品はまた独自の視点からの物語となっています。
たくさんあるということは、医療のお話が好きな人が多いんですね。
著者について
著者である夏川草介さんのプロフィールです。
1978年大阪府生まれ。信州大学医学部卒業。長野県にて地域医療に従事。
2009年『神様のカルテ』で第十回小学館文庫小説賞を受賞しデビュー。同書は2010年本屋大賞第2位となり、映画化された。
他の著書に、世界数十カ国で翻訳された『本を守ろうとする猫の話』、『始まりの木』、コロナ禍の最前線に立つ現役医師である著者が自らの経験をもとに綴り大きな話題となったドキュメント小説『臨床の砦』など。
引用:『スピノザの診察室』(夏川草介 著)
デビュー作だったんですね。
デビュー作でいきなり文学賞受賞と本屋大賞2位で映画化なんてすごいです。
現役の医師が書いた医療の物語は説得力が抜群です!
『スピノザの診察室』のあらすじ
雄町哲郎(マチ先生)は、京都の大学で医局長であったが、亡くなった妹の子ども(龍之介)を養育するため、町の病院である原田病院の内科医となった。
大学病院とは違い、原田病院では入院患者の半数が高齢者で、最後を看取ることも多い。
哲郎は自宅療養の患者で、がんを患っている坂崎がこの夏を超えられないだろうと気がかりだった。
見どころ
マチ先生の大学病院の先輩である花垣。
花垣は准教授で、将来教授になるべき技術も人柄も素晴らしい人。
マチ先生は、花垣から後輩の南の研修を頼まれる。
最初はマチ先生のことを見くびっていた南が、マチ先生と原田病院の影響を受けて医師として変わっていくところが見どころです。
マチ先生が得意の内視鏡で、患者を救っていくところも見どころですよ。
『スピノザの診察室』を読んだ感想
それでは本作品を読んだ感想を、心に響いた言葉を紹介しながら述べていきますね。
頑張れでもあきらめるなでもなく、急ぐな
本作品の中で、印象に残った患者の一人が、今川陶子さんです。
今川家は京都でも由緒ある華道の家元の一族で、陶子はささやかな動作にも品と艶がある女性。
背筋がぴしっとしていると想像しました。
膵がんを患いましたが、抗がん剤治療は断ります。
その理由は次の通りです。
髪を失うくらいやったら、このまま逝かせてもらいます。
引用:『スピノザの診察室』(夏川草介 著)電子書籍P100
白髪まじりになっていても、女性のプライドは捨てていない。
陶子の生き様がこの一言で感じられますね。
ちょうどお盆の時期でした。
毎年主人を送り返すのは寂しい、今年はついていってもいいと思う、と話す陶子。
マチ先生は、がんばらなくていい、ただあまり急いでもいけないと言いました。
ほんまに、変わったことを言わはる先生や。癌の患者に、がんばれとも諦めるなとも言わん。ただ急ぐなと言うてくれる。
引用:『スピノザの診察室』(夏川草介 著)電子書籍P103
陶子の息子は次のように。
『急ぐな』か。なかなか風情のある言葉やな。
引用:『スピノザの診察室』(夏川草介 著)電子書籍P104
京都の人らしい返しですね。
ガンになっても取り乱さず、品を保ち続ける女性。
育ちが違うので陶子のようにはなれないけど、どんな時も背筋を伸ばしていようと思いました。
最先端医療と町医者の違いを改めて知った
大学病院と町の小病院。
その違いを作品の中で説明しているところがあります。
最先端の医療現場は、成功すれば賞賛と脚光を浴びて栄光の道が開けるが、失敗すれば、たちまち非難と批判にさらされ、悪くすれば訴訟や地位の剝奪から、人生そのものを失うことになりかねない世界なのである。
一方で、野にくだった哲郎が目にした現場も、気楽なものではない。答えのない場所で死と向き合う。一言で言えば混沌としている。
引用:『スピノザの診察室』(夏川草介 著)電子書籍P72
どちらも違った種類の大変さがありますね。
私は勤務先で、産業医と毎月お話する機会がありました。
病院を頻繁に変わる先生でしたが、ある時期在宅診療を行っていました。
1年ほど経って普通の病院に戻った時に、先生が言った言葉が印象に残っています。
「私は病気を見つけて治したいんだ」
その先生は、病気を見つけて治すのが医者の仕事だという哲学を持っていたのだと思います。
ここでやってる医療は、多分先生が見てきた医療とはちょっと違う。患者さんの多くは、認知症とか進行した癌とか、あとは棺桶に片足突っ込んだようなお年寄りとかばかり。『治る人』なんてほとんどいない
(中略)
だから私たちが何もしていないって思ったのならそれは間違い。ここの仕事は、難しい病気を治すことじゃなくて、治らない病気にどうやって付き合っていくかってことだから。もともとわかりにくことをやってるの
引用:『スピノザの診察室』(夏川草介 著)電子書籍P125
90歳の急変した女性患者に対し、何もしないでそのまま看取るつもりでは、とマチ先生のことを疑った南先生に看護師が言った言葉です。
私はどんな疾患でも大きな病院に行っていれば安心だと思っていた時期がありました。
でもそれは大きな間違いですね。
それぞれに役割がある。やっていることが違う。
高齢の患者さんが多い小病院について勘違いしていました。
心からお詫びしたい気持ちでいっぱいになりました。
人の幸せはどこからくるのか
人の幸せがどこからくるのか、なんて考えたことありませんでした。
「人の幸せはどこから来るのか……」 ふいに哲郎が、つぶやいた。
「それが私にとっての最大の関心事でね」
引用:『スピノザの診察室』(夏川草介 著)電子書籍P139
「たとえ病が治らなくても、仮に残された時間が短くても、人は幸せに過ごすことができる。できるはずだ、というのが私なりの哲学でね。
そのために自分ができることは何かと、私はずっと考え続けているんだ」
引用:『スピノザの診察室』(夏川草介 著)電子書籍P141
私はもういい年齢になったこともあって、自分がガンになったら・・・ということを考えます。
抗がん剤治療をして副作用に苦しみながら少しでも長く生きるか。
治療をしないで、短く生きるか。
どちらがいいか、というよりもその人それぞれの価値観だと思います。
私は医者が言うからではなく、自分で考えて決めようということだけは決めています。
でもマチ先生のような医者だったら、言うとおりにするかもな、とちょっと思いました。
人の幸せについて、マチ先生なりの答えが最後に出ますので、本を読んでご確認ください。
スピノザの名言
ここからは、本作品のタイトルにもあるオランダの哲学者スピノザの名言を紹介したいと思います。
龍之介がマチ先生の書斎から持ち出した本が『エチカ』でした。
『エチカ』の中にある名言です。
極めて自卑的であり、極めて謙遜であると見られる人々は、大抵の場合、極めて名誉欲が強く極めて妬み深いものである。
こういう人職場に何人かいます。
あまりにも謙遜が過ぎる人に、うさん臭さを感じていました。
本質は全く真逆だということですね。
一つのものが同時に善であったり、悪であったり、そのいずれでもなかったりすることがある。例えば、音楽は憂鬱な人には善であるが、喪に服している人には悪であり、耳の聞こえない人にとっては善でもなく悪でもない。
1つのものに、いろんな側面があるということですね。
なので、善か悪かを決めつけてはいけないのだと思います。
人があれもこれもなし得ると考える限り、何もなし得る決心がつかない。
これは耳が痛いな、と思いました。
やってみたいと思っていることがたくさんあって手を広げすぎてしまい、どれも中途半端という結果になったことがあります。
あれもこれもはできません。
スピノザは哲学者だけあって、人間のことをよく観察し、よくわかっているなと思いました。
興味を持った人はぜひ『エチカ』を読んでみてください。
最後に
2024年本屋大賞第4位となった『スピノザの診察室』を紹介しました。
自分が病気になったとき、あと少ししか生きられなくなったとき、残りの時間をどのように過ごしたいか。
またどんな医者に看取ってもらいたいかを改めて考えるきっかけとなります。
まだ読んでいない人は、ぜひ読んでみて下さい。
『スピノザの診察室』は電子書籍でも読むことができます。電子書籍は専用リーダーで読むのがおすすめです。
2024年本屋大賞作品についてまとめた記事があります。ぜひご覧ください。